「藤原仲麻呂」

歴史人物鑑定
08 /28 2014
「藤原仲麻呂」も改名「恵美押勝」で運気が衰退!

2010.04.11 Sunday
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[第936回](小吉)・・・4月11日(大吉)

『藤原仲麻呂は、淳仁天皇から下賜された「恵美押勝」の改名で、藤原一門は衰退した。』
と、私はNHK2回連続番組『大仏開眼』を見て感じましたよ。
 平城京遷都は710年ですから、今年2010年で「1300年祭」を記念してのドラマでした。
 この時代の史実や人間関係が複雑で、日本史の中でも、とても分かりにくい時代です。でも、私は、「吉備真備」出身地;岡山・真備町にある「真備神社公園」や奈良・「平城京跡・東大寺大仏殿」も、転勤で良く知っていましたので、ドラマの内容もよく理解できたのでは?と思います。
 このドラマは「吉備真備」が主役ですが、「藤原仲麻呂」が”私利私欲”に走り、栄華を極めた藤原一門が衰退した経緯をも、表現しています。
 藤原一門の中心人物;「藤原仲麻呂」は、叔母の「光明皇后」の信任を得て、大納言・紫微令・中衛大将に任じられるなど次第に台頭し、孝謙天皇が即位した後、私邸に居住していた大炊王;「淳仁天皇」が即位すると、右大臣に任ぜられ、「恵美押勝」の姓名を与えられ、ついに人臣として史上初の太政大臣にまで登りつめて、栄誉栄華を極めたのです。
 さあ、皆さん、藤原一門が滅びたのは、「吉備真備」と対立して”恵美押勝の乱”を起こした「藤原仲麻呂」(乱の当時;恵美押勝)が「吉備真備」に攻められ戦死。栄華を極めた「藤原一門」は処刑や島流しで、急速に衰退したという史実です。
 さて、この2つの名を比較して見ますと、衰退の原因が推定できますね。
「藤原仲麻呂」天格25・地格21・補格7・総格53
「恵美 押勝」天格20・地格21・総格41
(旧漢字では「藤=19」「惠=12」)
対外的な運気は、天格「25→20」で運気はダウン。そのうえ「勝」の字体は”絶家”の字体と言いましたね。戦国時代の「武田勝頼・柴田勝家・豊臣秀勝・尼子勝久・水谷勝美・松倉勝家・・」など、絶家が多いのです。
 現在の一般家庭でも、男子が生まれない養子家系、子が親より先に死亡(逆死)の事例は沢山ありますよ。
 栄華を極めた”藤原一門”も、「恵美押勝」の”勝”の一字が災いをしたかも?知れませんね。「勝」は逆に”負ける字体”ですよ。



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