江戸時代の”孝行息子”の話。

四方山話
06 /03 2014

必読!父親を介護する江戸時代の”孝行息子”の話。

2010.01.29 Friday
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20:48
comments(1)
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[第868回](中吉)・・・1月29日(大吉)

最近のニュース。親の介護疲れから、”子が親を殺害する事件”、全国のどこかで起きていますね。このブログでも数回、投稿しました。
 さて、今日は、姓名判断抜きで、江戸時代の孝行息子の話です。
 今日の日本海新聞に、こんな記事がありました。
 『天明年間(江戸中期;1791年)の全国的な飢饉・・・幕府が把握した孝行息子の記録を、鳥取・智頭町で古文書発見!』
 その概要は次のとおりです。
 『病気の父親に食べさせようと、魚を”口”に含んで持って帰った。』との記録がある。この事例は、智頭郡八河谷村(現・鳥取県智頭町)の孝行息子「平吉」を、庄屋から藩へ、そして幕府に推薦した上申書が発見されました。
 この上申書は、当時の老中「松平定信」が、全国の各藩に命じて、”親孝行等善行事例”を報告させ、全国で8600人の名・年齢・住所などを記録した『孝義録』の基になった文書だそうです。そのうち、特に善行が優れた579人は、内容も記録され、因幡藩(鳥取県の一部)では15人が、幕府から表彰され、この「平吉」もその1人だそうです。専門家は「村の庄屋の上申書(写し)が残っているのは、全国でも非常に珍しい。当時の飢餓に苦しんだ庶民の困窮が、よく分かる文書だ。」としています。
 その善行(親孝行)の内容は、次のとおり。
 「貧しい14歳の平吉が、隣家の祝い事に出席した際、料理に出された『さかな』を病気の父・勘次郎の土産にほしいと思ったが、恥ずかしくて言い出せず、よんどころなく”口”に入れて袖(そで)で覆い、急いで帰宅して父に差し出した。その後も、他家から珍しいものをもらっても、そのまま”父の枕元”に置いて、神仏に父親の病気回復を祈った。」などと記してある。
 そして、専門家は「めったに食べられない”塩焼きの魚”が祝い膳(ぜん)に出されたので、魚の身をほぐして”口”に入れたのだろう。直前に起こった天明の大飢饉(ききん)で、飢餓に苦しむ時代を反映し、儒教思想の親孝行を奨励した珍しい事例だ。」と分析。

 コメント;この智頭町は、鳥取県の山間部であり、日本海から遠く離れているので、当時”魚”は”高級食材”であり、庶民の口には、とても入らなかった時代のことです。14歳の平吉は、自分が食べたかったのを我慢して、栄養が必要な病気の父親に食べさせたい・・・という少年の気持ち。現在の”介護疲れから親を殺害”という事件に対し、江戸時代は貧しい中での親の介護という、心の美しい少年がいたのですよ。
 現在の政府も、”命”と”子ども”を大切にする政策、全国から”親孝行など善行事例”を、懸賞募集すると、”犯罪防止”に効果があるかも・・・?
 




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