はじめに
04 /02 2014

必読!「豊臣秀吉」の姓名で”天下”を取ったのではない。

2009.12.20 Sunday
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23:00
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[第832回](小吉)・・・12月20日(大凶)

『織田信長・豊臣秀吉・徳川家康』
の3人を掲示して、ある温泉センターの中で、姓名判断をしていました。
 皆さんも、こんな掲示をして、姓名判断している店を見たことがあるでしょう。
 さて、皆さん、この姓名で掲示するのは、疑問に感じませんか?
 そうです。この3人、天下統一”後”の名前なのですよ。
 一般の人は、「あぁ、こんな名前だったら、天下が取れるのか。」
と錯覚して、何の疑いも持たないでしょうね。
 恐らく、その姓名判断師もお客に「どうですか、このような名前なら、天下も取れる運気が良い名前ですよ。」
と説明すると思いますよ。
 この3人の中でも、特に「豊臣秀吉」を検討してみましょう。
 彼は、天下統一後に、初めは平氏の「平」姓、そして「藤原」姓、その後に朝廷から「豊臣」姓を下賜されたのです。
 ですから、貧民出身の彼が、織田信長に仕え、異例の出世を遂げたのは、
「豊臣秀吉」という効用ではなく、寧々と婚姻後に、
「木下藤吉郎」天格23・地格9・補格9・総格41と名乗りましたね。実は、この姓名の運気が非常に良かったからですよ。
  天格23の自尊心・自信があるのを、主君の「織田信長」に見せることなく、上手に立ち振る舞いが出来たのは、地格9・補格9の”思考力・創造力”があって、理性で抑えていたのです。怒られながらも信長に合わせていった才能は、「木下藤吉郎」の姓名からの効用です。
  でも、「ここわ頑張らねば・・・」と思った時は、天格23の自信を見せて、出世の糸口となった”一夜城”の築城なのです。
 その後、先輩重臣の「柴田勝家」と「丹羽長秀」のご機嫌を取るため、1字ずつもらい、「羽柴秀吉」天格13・地格16・総格29
とした訳です。
 この時は、すでに中年であり、総格29の効用から、運気が向上したので、本能寺の変で、いち早く駆け付け、主君の仇「明智光秀」を討ち取る”幸運”に恵まれた結果、天下統一への道が開けたのです。
 こうして見ると、もし「木下藤吉郎」という名前でなかったと仮定したら、信長との相性も悪くなる場合があり、”お手打ち”で処刑されていたかも知れないと思いますよ。
 正に、日本の歴史を作ったのは、「豊臣秀吉」ではなく、「木下藤吉郎」という「9」が2ヵ所と総格「41」の「9・1」がある名前が、出世街道の基礎になったからですよ。
 皆さん、店に掲示してあることも、すぐ信じないで、「なぜ?どうして?」と考えるクセを身に付ければ、”真実”が見えて来ますね。




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