”奈良大仏”再建の偉業

歴史人物鑑定
03 /21 2014
必読!”奈良大仏”再建の偉業は、「公慶」上人の功績!

2009.10.07 Wednesday
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23:35
comments(2)
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[第772回](大凶)・・・10月7日(小吉)

皆さん、「奈良の大仏」と言えば、修学旅行で拝観した思い出があるでしょう。
「ほう、”デッカイなぁ~”」と、それだけの感想しかない人、多いですよね。来年は、平城京1300年祭、「奈良大仏殿」と「平城京跡」は世界遺産になっていますね。
投稿済ですが、京都の「金閣寺」を拝観しても、何の知識も感想もない人多いですね。むしろ、日本通の外国人が詳しく、日本人が余りにも”日本文化”知らないことに、恥さえかくことがありますよ。
今晩のNHK番組;「歴史秘話ヒストリア 奈良の大仏〜奇跡の復活劇〜」をみましたか?
「私は、傘を差しているのに、大仏様は雨ざらしで、傘がない。」
と、少年「公慶」は涙で”再建”を決意したのです。
 13歳で東大寺に入寺した「公慶(こうけい)」上人は、ある雨の日に大仏再興の志を立てたということです。
 実は、現在の大仏殿は、世界最大の木造建築として、偉容を誇っていますが、並々ならぬ先人の辛苦の歴史があります。
 奈良時代の聖武天皇の御世に創建されたのですが、平安・鎌倉・戦国時代の戦乱や地震に遭い、大仏殿は焼失、頭部は破損していたのです。
 その再建を決心するも、東大寺の中でも協力者が現れず、ついに「公慶」が37歳の時、1人で先ず、大仏本体の補修費1万2千両(約10億円)を、全国諸国に”勧進(寄付)”の旅に出ました。
 不休不眠で、横になり寝ることもなく、浄財集めの行脚で、左目は充血し、ついに大仏本体の修復は完成しましたが、今度は大仏殿の再建です。
 その再建資金は、約120万両(約100億円)を、「公慶」が幕府の「僧隆光」から「桂昌院」に働きかけ、ついに4代将軍「綱吉」の裁可で、諸藩大名に分担させた国事事業として、「大仏殿」が6ヵ年を要し、元禄4年に完成した訳です。
 しかし、その完成、落慶法要を見ずして、59歳の「公慶」は”過労死”で、行脚の途中で死亡したと伝えられています。
 皆さん、今度「大仏殿・大仏」を拝観する機会には、「19画のパワーを持つ”公慶”」の生涯の偉業を思い出してください。
 それほど、「19」のパワーは、神仏の加護により、歴史に残る人になるのですよ。





コメント
私も見ました。奈良に住んでるのに、何も知りませんでした。
今からでも大仏様を拝みにいきたいです。
質問なんですが19のパワーとはなんですか?

あさ
2009/10/08 10:41 AM


あさ様
 奈良市内にお住まいですか?私は2度、奈良に転勤で、県下は全て行っています。
「公慶」という名は、19画です。「9」系列が最大吉数というのは、ホームページと770回にわたるブログの全てを理解すると、「9・19」のパワーの意味が分かります。

望月 岳陽
2009/10/08 10:56 AM





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