三人の「9」のパワー

10 /11 2016
2012.07.31 Tuesday - 22:06 comments(0) -
[第1654回](小凶)・・・7月31日(大吉)

『 「出光佐三逝く 三月七日
国のため ひとよつらぬき 尽くしたる きみまた去りぬ さびしと思ふ」との哀悼の和歌を詠まれたのは、一体?どなただと思いますか? 』
 驚いてはいけません。なんと、あの尊厳に満ちた「昭和天皇」の和歌なのです。大正・昭和を通じて貢献した「出光佐三」氏(出光興産・創業者)が、95歳で亡くなったのを悼まれて詠まれたものです。天皇が国民個人の哀悼の和歌を詠まれるなど、異例のことなのです。いかに、日本のために貢献したか推定できると思います。
 第一次世界大戦当時、日本はまだ石炭産業が主軸のころ、石油の時代が必ず到来することの先見の明から、石油を大量に仕入れて、満州鉄道の燃料を始め、軍部に必要な燃料の供給に貢献し、第一次大戦を勝利に導き、また関東大震災時の復興にも貢献した出光興産のことには、昭和天皇は強い印象にあったのだと思います。
 さて、永続してきた一流企業というのは、起業した当時の協力者が必ずおり、いくら有能な人でも、一人ではどうにもならないものです。
 彼は、神戸で小麦粉と石油を扱う酒井商店に丁稚として入店しましたが、日頃何とか独立したいと考えていたのです。
 ところが、夢・希望は持つものです。近所で友人として付き合っていた「日田重太郎」という人が、信じられない話を持ちかけてきたのです。
日田重太郎は、彼に「京都の別荘を売却した資金8,000円だ。」と手渡し、「ただやるのだから、返さなくていい、利子もいらない。また、事業の報告もしなくてよい。君が好きに使え。ただ、独立を貫徹すること、そうして兄弟仲よくやってくれ。」というものでした。そこで25歳のとき、福岡県門司市(現・北九州市門司区)に出光商会を設立したのが始まりです。
 ところが、設立して間もないころ25万円の赤字で倒産するところを、また助ける人に恵まれたのですよ。それは、大分銀行の支店長「林 清治」氏が融資を決定し、その借財を銀行が肩代わりしてくれたそうです。
 今日の話題は、今日、足が不自由な方がおられ、姫路まで姓名判断に出かけ、出光のGSに立ち寄った時、思い出したのです。
 私が現役のころ、政府の「臨時行政調査会」のメンバー「出光佐三」氏が、『 若き頃の「日田重太郎」氏と「林 清治」支店長のお蔭で今日の「出光興産」がある。』と述懐されていたのですよ。
 さて、出光興産の恩人は、
「日田重太郎」天格13・地格9・補格9・総格31
「林 清治」天格19・地格8・総格27(昇順数)
であり、創業者は、
「出光佐三」天格12・地格9・総格21 
ですね。
 どうですか、この三人の「9」のパワーが、現在まで会社を存続させ、日本に貢献した思いを昭和天皇から、哀悼の和歌まで頂き、深く歴史の残る方であったのですよ。いかに「9」のパワーが素晴らしいことか、お解りですね・・・。 

gakuyo951

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