「家光」についてエピソード

歴史人物鑑定
02 /15 2016

2011.10.06 Thursday
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01:43
comments(2)
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[第1405回](大吉)・・・10月6日(小吉)

『 先日の大王製紙の”三代目”について投稿したところ、急にアクセス数が増えましたので、名君か凡君の説が分かれる徳川三代将軍「家光」について、あるエピソードを紹介しましょう。 』

 「”三代目が名君”なら家は繁栄し、十五代は続く。」と、足利家や徳川家を手本に言われてきました。
 「余は生まれながら”将軍”であるぞ!」と、家光は大変我侭な凡庸な人であったという説もあります。

 しかし、私はそうは思わないのです。なぜなら、幼少のころから、あの才媛の「春日局」が乳母となり、「指導者とはどうあるべきか?」を教育されており、その精神が将軍就任後も忘れていなかったエピソードがあります。

 三代将軍の家光が、江戸の隅田川に鷹狩に出かけた。しかし、その日は風が強く、獲物が少ないので、不機嫌な表情のまま休憩をとり、食事となった。鯉の煮物を口に入れた瞬間、「なんじゃ、これは? ジャリジャリと砂が入っているのじゃ! けしからん、台所頭を切腹させろ!」と言って、責任者である台所頭「鈴木善左衛門」を詰問した。

 ところが、正義感が強い彼は、将軍に怖れることなく、「御膳に砂が入ることは有り得ません。本日は風が強く、砂ぼこりもひどく、それがお口に入ったのでしょう。お口を漱がれてから、お召し上がりください。」と申し上げた。早速、家光は口を漱いで食べると、砂などないことが解った。

 そこで、家光は「短慮にそちを責め、余が悪かった。」と素直に謝り、信念を曲げなかった「鈴木善左衛門」に切腹どころか、満座の前で賞賛し、200石の加増と言う措置をしたのです。

 現在の政治家でも、自分の過ちを認めない人が多い中で、家光は将軍であっても”誤解や過ち”は素直に認め、家臣に対してでも謝る性格であったそうです。やはりこの性格は、「春日局」の養育の影響もあるでしょうが、「徳川家光」となった地格9の”理解力・思考力”の結果であり、名君の素質も備えていたと思います。

 それに「鈴木善左衛門」の天格25・地格9・補格A16・補格B8・総格58から、対外的な”正義感(25)”と”思考力・表現力(9)”に優れていた人であったと判断できます。

 どうですか、このエピソードからも「指導者たるもの、自分の誤解は素直に認め、部下を大事にする精神は、現在の職場でも通用します。」と、家光に教えられた一面でもあります。   
  



コメント
今回のブログでぱっと思い出した人物が、以前、勉強させて頂きました、明智光秀でした。配列がとてもよく似ており、徳川家光は、24,9,33と、個人的にとても興味深い配列であります。天格4地格9=総画33は明智光秀と同じですが、このような場合、天格14と天格24の差はどれくらい違うのでしょうか。 R29
2011/10/07 10:28 AM

R29さま
 「徳」の旧字体は、漢和辞典で調べてください。江戸時代ですから、「心」の上に「一」がありますので、15画ですから、天格は25画になります。「14=7×2」ですから”外見上愛想がない・自己主張・頑固・切れ易い・負けず嫌い・根性”などの暗示がありますが、「24」は逆に、割り切れる整数が多く、”協調性・温厚円満・愛想が良い”など、逆になります。しかし「34」は、17×2ですから、14と同じ性格になります。

望月岳陽
2011/10/07 6:36 PM

gakuyo951

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