”心の傷”は、生涯残る

四方山話
11 /07 2015
”心の傷”は、生涯残る!

2011.06.24 Friday
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00:03
comments(5)
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[第1309回](大吉)・・・6月24日(小吉)

『 子どもの記憶、平和な時代で平穏な家庭で育てば、中高年になったら、そんなに記憶に残らないのですが、今回の大震災で震災孤児になった子どもたち、生涯”心の傷”は残るでしょう。』
 昨日のNHK番組「クローズアップ現代」で、震災孤児80人の「大震災・大津波」の作文が、紹介されていました。
 中には、大津波が押し寄せる”恐怖”をリアルに表現している少年の作文、母親が未だに行方不明で、父親と2人で避難所にいるが、母親が見付かれば、3人で暮らしたいと書いている少女の作文。
 一つひとつが、”悲しい思い出”となる感動の作文でした。
 今回の震災孤児は約1100人、阪神・淡路大震災は約600人で、約2倍。
 (参考に、戦災孤児は約12万3千人)
こうした孤児の中で、特に”母親”を亡くした子どもの”心の傷”は、これほど深いものはないと思います。
 今日のブログは、この気の毒な震災孤児とは、全く逆の話。
 私の母親が”いかに運が良かったか?”「一家の上げマン」母親の話をしましょう。
母親のお蔭で、太平洋戦争の「下関空襲」で、アメリカのB29から、アラレのように降って来る「焼夷弾の戦火」の中を何度も生き延び、家族4人とも、かすり傷一つ被弾していないのですよ。
 これは余り知られていないのですが、中国地方では、広島の被爆の次に大空襲があったのは、「下関市内」だったのです。
 それは、関門海峡は海軍の停泊港のほか、陸軍の練兵場・高射砲の砲台が市内に数箇所にあったので、アメリカから繰り返し、数度の空襲を受けたのですよ。
 その都度、隣近所は次々に焼かれ、火達磨になって転げ回る近所の人たち、黒こげ死体を横目でみながら、何度も「防空壕」(避難する土手の横穴)に、姉小3年、私小1年と母親の3人で逃げ込んだのです。父親は会社診療所の歯科医兼薬剤師でしたから、殆ど会社に居て、それも艦船停泊に近い会社でしたから、周辺は壊滅状態でしたが、父親もかすり傷一つ負わず、無事だったのです。しかも、焼け野原になったのですが、自宅は類焼も避け、奇跡的に無事でした。
 父親は、それこそ臨床医の例外;弱運の姓名「天16・地10・総26」。
 姉は「天15・地15・補3・総33」、私は「天8・地7・総15」で、姉と私はそれほど弱運ではないのですが、母親はなんと「9・5・1」が揃った”奇跡を呼ぶ強運”だったのですよ。
 母親は、なんと「天5・地9・補1・総15」の姓名でした。(母親は真言宗のお寺育ちですが、全くの無神仏論者で神仏のお蔭はないと、生前言っていました。無神論者ですが、困った人の世話を良くし、乞食には風呂に入れ、着替えさせ、食事を与え、小遣いを持たせて帰らすのが常でした。) 
この姓名でしたから、父親は”弱運”でも、兵役招集にも遇わず、空襲にも逢わず、かすり傷一つなく、元気で終戦を迎えました。そして、弱運の姓名でも、母の”上げマン”のお蔭なのか?父は「81歳」で生涯を閉じました。
 今から考えると、母親が珍しく「9・5・1」が揃った姓名であったため、家族4人の「上げマン」で、私たち姉弟が”戦災孤児”にならずに済んだ気がしてならないのです。
 そのお蔭で、今こうして、72年間、子どもの時から擦り傷一つなく、病気一つせず、45年間の運転;対人対物ゼロで過ごせるのも、天国から母親の強運が護ってくれているのでしょう。この高齢になっても、空襲体験を思い出しながら・・・、このブログが書けることに、感謝しているのですよ。
 いかに「9・5・1」が大切か、大震災でも奇跡の生還を呼んだ数でしたね。子どもの頃、このような大震災・戦災などの体験は、中高年になっても、強烈に”心”に残るのです。



コメント

すばらしいお母様ですね。心優しく、賢く強く・・・憧れの良妻賢母です。私もそんな母親になりたいです。子どもはしっかり親を見て育つのですね。お母様のお力もあると思いますが先生がご自分で築き上げた素晴らしい人生、お母様も天国で誇り高く感じていらっしゃることでしょう。特に女性は結婚して苗字が変ると天運も変ってくるので非常に恐いですね。私自身も新姓が偶数ばかりなので出来る限り旧姓を使用しています。どうしても新姓でしかダメなところ(病院、パスポート)などはトラブルが比較的多いです。『9・5・1』のすごさをひしひしと感じております。k919
2011/06/24 9:51 AM

 戦火の中多く人が亡くなられた中、決して豊かではないのにそのようにして慈悲の心を持っておられた、先生のお母様のお陰で私は改名できたということですね。やはり名前が良かったので慈悲深さが生まれ、自然に徳が積まれ、先生の今日と依頼者の幸福があるのだと痛感しました。成寿
2011/06/24 3:02 PM

K919さま 成寿さま
 乞食は、戦時中にもいましたが、戦後の10年間ぐらい多かったのです。それには幼い子連れの乞食もいましたよ。古着ですが姉や私の服でも与えますと、その親が「この世の観音様です。」と土下座して手を合わせていた光景が、今でも目に焼き付いています。でも母は「個人でいくら慈悲を持っても、世の中は良くならない。このような立場の人も幸せにするのは、政治と行政の責任だ。」とも言っていました。でも昭和30年代から、次第に生活保護法の浸透で、ホームレスはいても、乞食は見かけなくなりましたよ。
望月岳陽
2011/06/24 9:51 PM

お母様が仮に4・7タイプだったなら。先生は孤児、最悪のケースでは命を亡くされていたかも、孤児で命があってもまともな教育が受けられず「天命数霊術」は発見されていなかったかも、そう考えると慈悲深く生きる大切さを学びました。質問なのですが良い政治家の定義とはなんでしょううか
rio
2011/06/24 11:13 PM

rioさま
 難しい定義をする人がいますが、私は民話『桃太郎』のような人です。男の理想像ですが、政治家も共通した精神と実行力が必要です。「正義感・計画性・行動力・協調性・統率力・寛容の精神など」を教え、一口で『桃太郎のような政治家』ですね。望月岳陽
2011/06/25 7:53 AM


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