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加害者・被害者とも悲劇

四方山話
01 /07 2015
”戦争”は”交通事故”と同じ、加害者・被害者とも悲劇!

2010.08.10 Tuesday
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10:28
comments(0)
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[第1039回](大吉)・・・8月10日(大凶)

『 今年は終戦から65年、日韓併合から100年!』
 そのためか、特に今年のNHK番組では、6日~15日の間、広島・長崎被爆から終戦記念日まで、戦前・戦後を採り扱かった番組が多いですね。
 戦時中の生き証人の最後は、私のように終戦時小学1年生だった71歳以上の人でしょうね。70歳未満の方は、戦後の荒廃した日本の記憶があっても、空襲などの怖い思いをした記憶が薄いのでは?
『欲しがりません、勝つまでは』
と、商店のポスターが掲示してあったことも、覚えています。
 当時は、国民生活の物資はなんでも不足、特に食料品は不足して、小学校の校庭は、イモ畑になっていた。肉・牛乳・卵など、栄養がある食料品は、全て軍隊が優先に消費するので、乳幼児は栄養失調で餓死する子どもが多くいた。実は、終戦の前の歳に生まれた私の弟は、母親の母乳がでなかったので、父親が粉ミルクを1~2ヵ月分しか調達できず、結局、弟は満1歳前に栄養失調で死亡した思い出があります。
 全ての思い出は、とても書ききれないが、戦争ほど国民生活を圧迫するものはないのです。
 いいですか、現在の防衛省の予算は、国家予算の5~6%(国民総生産の1%)に過ぎませんが、「戦時中は、国家予算の何%だったでしょうか?」 実に、平均”約37.9%”で約4割も軍需費に支出していたのですから、国民生活はメチャクチャですよ。日本は石油などの資源もなく、こんな状態では、豊かな英米に負けるのが当たり前でしたよ。
 こんな惨めな日本でも、陸軍の司令部は「日本は神風が吹いて、絶対に勝つ!」と国民に広報し、なかなか降伏に応じず、一方では、ソ連軍の北海道に上陸予想があったので、アメリカは早く戦争を終結したいため、最後の手段として原爆投下という経緯になったと、小学生の頃に聞いています。
 ところが、アメリカは日本を焦土にして置きながら、戦後の復興資金の大半を負担して、学校給食も「コッペパンと脱脂粉乳」でしたが、アメリカの援助で始まったのです。
 また、当時の道路は殆ど舗装はなく、登下校では長靴もないのに”水たまり”にわざと入り、足をビショビショにして教室に入り、担任から怒られた記憶もあります。
 当時の1クラスは55人くらいでしたが、ある日、担任が5足の雨靴(ゴム長靴)を教壇の上に置き、「これは進駐軍(アメリカ軍)から、皆さんへのプレゼントですが、5足しかありませんので、”くじ引き”にします。」とのこと。そして、全く運が良いことに、私はそのクジに当たったのですよ。
 でも、3年生当時も級長(学級委員)をしていましたから、極貧の家庭なのか、下駄も買えず、いつも”ワラぞうり”で登校して来る級友に譲った思い出があります。
(投稿済ですが、私の弁当を在日の子に分けていたことも、学校の記録に残っていたのか、卒業式には”学年総代”で、卒業証書を受けた思い出もあります。)
 現在は、田舎のどんな山道でも舗装がしてあり、”水たまり”がありませんが、先月の全国の豪雨”土石流”による”道路の水没”を見た時、小学3年生の”長靴のくじ引き”を思い出したのです。
 戦争というものは、本当に国民生活を惨めにするだけのことです。戦勝国の米英でも、特に戦利品・領土獲得もなく、日本への膨大な復興資金を注ぎ込んだのですから、交通事故と同じように、加害者・被害者とも悲劇なのですよ。
 戦争は、地球全体から見ても、人類の損失なのです。
 現在の幸せな時代の皆さんに、戦中・戦後の話の一部を紹介しました。




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