「ニーチェの言葉」;現実社会から見て疑問

四方山話
02 /06 2017
「ニーチェの言葉」;現実社会から見て疑問・・・?
2012.10.08 Monday - 01:57 comments(3) -
[第1712回](大凶)・・・10月7日(小吉)

『 私は”ヘソ曲り”なのか、”決めつけた考え”を持つ「政治・哲学・宗教・芸術思想」など、少しも信頼していない。世の中の現実、そんな原則的な思想に影響されることなく、”例外的現象”からか”事件事故”となり、逆に”善行のホットニュース”になる。そこに「神仏の人間創造の意志」などが、微塵にも考えられない現実があります。政治でも「右翼だ!左翼だ!」なんて決めつけないで、国民のため、世界平和のために、どうすればベターか、ケースバイケースで考えれば良いことで、抽象論の哲学などは無用です。』

 ニーチェの言葉がある。(彼は19世紀のドイツの哲学者です。)
『 初めの一歩は、自分の尊敬から・・・。
 最初に自分を尊敬することから始めよう。まだ何もしていない自分を、まだ実績のない自分を、人間として尊敬するんだ。自分を尊敬すれば、悪いことなんてできなくなる。人間として軽蔑されるような行為をしなくなるものだ。
 そういうふうに生き方が変わって、理想に近い自分、他の人も見習いたくなるよう人間になっていくことができる。
 それは自分の可能性を大きく開拓し、それをなしとげるにふさわしい力を与えることになる。自分の人生をまっとうさせるために、まずは自分を尊敬しよう。』(超訳・ニーチェの言葉・白鳥晴彦編訳より転載)

 このような哲学的文章は、私は嫌いです。なぜなら抽象的な用語は、どうにでも解釈できるからです。
「自分を尊敬せよ。」「尊敬すれば、悪いことができなくなる。」「軽蔑されるような行為をしなくなる。」とは・・・?
 それに、「自分を尊敬せよ!」と言っても、”自我意識”を持てない「乳幼児や重度知的障害者・認知症高齢者」などの人には、その論理は通用しないですね。
 そのような社会的弱者ほど救済が必要なのに、「自分を尊敬せよ!」というのは、”机上の空論”と言いたいのです。
 それに、「(尊敬すれば)悪いことができなくなる。」と言う理論も疑問です。
 歴史的事実を知れば、自分を尊敬しても、社会正義のために一揆を起こしたり、義賊になって貧民救済した人もいる。これらの行為は、立場の逆の為政者からみれば、”悪いこと”であるが、貧民から見れば”善行”である。
 また、主君の「織田信長」を殺害した「明智光秀」なども、「自分を尊敬」していた人格者であるが、家臣・家族のためにやむを得ずした実行も”悪いこと”をしたと解釈して良いものだろうか?
 先月発生した中国の反日運動でも、中国から見れば「自分を尊敬した”愛国心”で善行」だろうが、日本から見れば「自分を尊敬しない”暴動”で悪行」という逆の解釈になる。
 また、個人的な事件でも、例えば「酒乱の父親が母親への暴力を止めるため、息子の父親殺し事件」「強姦から身を守るために加害者を殺害した女性」などの正当防衛・緊急避難に近い犯罪も、いくら「自分を尊敬」していても、止むを得ず”悪い行為?”をせねばならない事件もあるのです。

 このように、毎日全国のどこかで発生している”事件事故”は、ニーチェの言葉のように、単純に「自分を尊敬すれば、”悪いこと”をしなくなる」という哲学的格言は、現実の社会には適応しておらず、「哲学とは無用の学問である。」と言いたい。
 自分を尊敬していなくても、姓名に「9・5」タイプの”理性・抑制心”がある人、また「3・8」タイプの”協調性・優しい心”を持つ人は、正当防衛・緊急避難でない限り”悪いこと”はしないのです。
 宗教哲学でも、現実にマッチしていない「神は”万能”である・・・」とか、「人は”罪深い”・・・」という文言が聖書の各所に表現されていますが、現実社会のニュースを見ると、こんな聖書に腹が立ちます。
 実に、神は「健康運・知徳運・家庭運・社会運・金運などと、事件事故による生命運」などに、”万能”なら、なぜ”格差”を創造して人間を苦しめるのだろうか・・・? 私は宗教哲学も、”無用の長物”だと思っています。古代から現代まで、神への信仰心が篤い中近東ほど、人間の醜い争いが続き、一向に平和にならないのは、一体どうしたことでしょう? それでも”神は万能”ですか?
 
 毎日、全国のITニュースで”事件事故”を読んでいると、キレイごとの抽象用語を並べた「哲学」など、世の中に何の役に立っているのだろうか・・・? と、いつも疑問に思っています。

コメント
しばしば望月先生は神仏に対する疑問を吐露されます。しかし、神仏を批判しているものの、神仏の存在そのものを否定している文章は過去なかった(この記事も)気がします。望月先生の考えとしては、「神仏のやり方に疑問を持つけれど、無神論ではない」。これでいいのでしょうか。
悠仙 2012/10/10 6:10 PM
悠仙さま
 そうですね。「神」と一口に言っても、5~9次元の世界があり、「神」にもランクがありますが、例えば、歴史上の人物を神格化した「豊国神社」「乃木神社」などの5次元から、さらに格が高い「キリスト」「釈尊」など、そして自然界の「山・海・岩・大木・・・」から「火・星・月・太陽」の大自然界までを、人間が”神格化”しており、一番格が高い「太陽」を9次元の神の世界として、世界中の民族が崇拝しています。日本神道では、太陽を「天照大御神」、仏教では「大日如来」として”神仏化”したものを、崇めているだけです。さらに超越した自然界=宇宙(ビッグバーン)を10次元で、これが古代中国の「先天」と呼び最高の”神格化”したものです。これらの考えでしたら、神仏の存在を認めますが、以上を超越した「神」は存在しません。しかし、自然界のパワーに平行した架空の動物神;「後天神亀」や「龍神」のパワーは、認識できる実際の効果が視られ、それぞれの役割分担があるようです。でも、人間界の幸・不幸を分担している”神格化”されている「キリスト・シャカ・弘法大氏・・・」は、現世の人間を余りにも”不平等・格差”を設け、その行為に腹が立つのですよ。以上、これら以外の「神」の存在は認めていません。
望月岳陽 2012/10/11 2:06 AM
私自身は、うつ病でニート生活を送っていた経験もあった為か、ニーチェの言葉には心を打たれることも多々ありました。神については、私は実際に見たことがないので分かりませんが、ただ、記事にかかれてあるように、疑問を持ちながら見たりすることは、とても大事なことだな…と痛感させられました。
フランクリンプランナーに挑戦中 2012/12/11 7:56 PM
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